自閉症児の子育ての困難とその対処法とは何か ー自閉症児を持つ親の「生きられた経験」からの解釈ー【電子書籍】[ 渡邉 文春 ]

[ ショップ名 ] 楽天Kobo電子書籍ストア


[ 現在価格 ] 700 円 (税込)


[ PRポイント ]

【電子書籍なら、スマホ・パソコンの無料アプリで今すぐ読める!】


[ 商品説明 ]

<p>本研究における自閉症児を持つ親へのインタビュー調査から得られた語りを見てみると、我が子の乳児期に、対象に対する注意を他者と共有する行動であり、ヒトにおいては、通常生後9ヵ月前後から現出するとされる「共同注意」の欠損が生起している。この母親と我が子とが、外からの情報をもとに「熱い」「重い」「固い」などの感覚を共有できないという「知覚の不一致」に、母親は子育ての困難を感じていたのだった。その後、我が子に自閉症の診断があり、自閉症の原因と治療法が確立されていないことを知り愕然とする。つまり、自閉症児の親は、自分と我が子との「知覚の不一致」と、自閉症の原因と治療法が明らかにされていないという現実を知り、子育ての見通しが立たないことに困難を感じていたのだった。<br /> そして自閉症児の母親が、我が子の子育てにおいて感じる困難から考え出して対処したのは次の内容であった。当時の生活圏に療育施設が無いことを知り、社会資源の豊富な地域へ引っ越したり、自閉症の知識や情報がほとんど無かったことから、当事者団体を立ち上げて相互支援ネットワークを構築した。自閉症児の音過敏があり音楽の取得が苦手だという障害の特性を踏まえて、音符を視覚化することで、音の強弱やドレミを覚えさせたり、実物と言葉が一致しないことに困難を感じていたことに対して、みかんのネットや伊勢海老を使って、実物の感触を覚えさせるという独創的な発達支援法を開発していたのである。母親は、「あいうえおボード」や段ボールで作った模型の家を活用し、家の間取りや近所の店舗を視覚化することで、我が子に言葉の具体的な文脈を結びつけさせた。その成果もあって、それまで対象に対する注意を他者と共有する「共同注意」が欠如していたのだが。我が子が4歳になった頃に飛行機のおもちゃを見て、指をさし、母親の顔をみて「ヒコーキ」と言ったことによって、母親と我が子の「共同注意」が成立したと推測される。また、我が子が獲得した適切な言語を適切な文脈に位置付けて、心の理論がなくてもいわゆるインデックス性の修復を用いた「笑顔作り」の練習をすることで、「みんなと一緒に笑う」というその場に相応しい振る舞いができるように支援した。<br /> ある母親は、我が子が1歳2ヵ月の頃から、急に言葉が出なくなったことに困難を感じていた。そして、我が子は自分の気持ちや考えを言葉で伝えることができないので、大暴れするようになった。両親がそれまでよかれと思ってやってきた我が子に対して手をさしのべる対応が、さらなる我が子の大暴れを助長しているということに気付いた両親は、最愛の息子を抱きしめたくなる気持ちを抑えて、子どもにおもちゃを与えて機嫌を取るような対応をしない「不親切な親」になるために懸命の努力をした。それは、ヴィゴツキーが言う二次的障害である言葉の遅れや、三次的障害のこだわりや暴れる行動を身に付けないように母親が療育指導をすることで、我が子が自分の思い通りにならないと大暴れするという暴挙から一転し、自己コントロールができるように支援していた。ほかにも我が子は、公園で鳩を追いかけ回すというひとつのパターンに固執する傾向が強く、スケジュールの変更を嫌がるという特性に対して、母親はあえて我が子に対してスケジュール通りにいかない体験をさせることで改善させた。<br /> その結果、自閉症児は少しずつ言語の獲得が可能になり、社会性が身に付き、不可解な言動が目立ちにくくなっている。つまり、自閉症児の親達が我が子の言葉の獲得を支援することは、我が子の社会性の獲得に結びついたのだった。<br /> また、我が子の障害を隠すのではなく、むしろ我が子の障害を「身近な困りごと」として自己開示することや、母親がどうしようもないほど「切羽詰まった状況」にあることを開示することで、我が子を差別する可能性があった人達を支援者に変えていくことが可能になっている。</p>画面が切り替わりますので、しばらくお待ち下さい。 ※ご購入は、楽天kobo商品ページからお願いします。※切り替わらない場合は、こちら をクリックして下さい。 ※このページからは注文できません。

レビュー:0 件(=>内容を見る)

平均評価: (0.0 )